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■日大練馬光が丘病院■



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2005年7月、東京。朝早く西新宿のホテルを出て、地下鉄大江戸線に乗り、終着駅の光が丘駅をめざします。駅についてから、雨の中を10分ほど歩いて、病院に到着。目的の日大練馬光が丘病院です。

去年あたりから、一度味覚障害の専門外来にかかりたくて、ホームページでいろいろと調べていました。ヒットしたのがこの病院。専門外来ではありませんが、味覚障害の治療では有名らしいのです。

その後、転勤があって、一度は断念。年度も明けて仕事が落ち着いたころを見計らって、長期休暇を取って東京に行くことにしました。受診の1か月前くらいに、光が丘病院に電話し、MSW(*1)に相談。味覚障害専門の医師にみてもらいたいこと、東京には1週間程度滞在するのでその間に検査を済ませてほしいこと、などを相談しました。MSWは、担当医(I先生といいます)と連絡をとってくれて、受診の方法や紹介状を持参することなどを教えてくれました。さすが大病院。てきぱきとした対応に好感が持てます。

そのことをHクリニックのT先生に話し、紹介状を書いてもらいました。先生、気を悪くするかなと思いましたが、いつもどおりの笑顔で対応していただきました。先生を信用していない訳ではなくて、一度きちんと専門外来で診断してほしかったのです。

そして、東京へ。光が丘病院は、雨の日にもかかわらず、朝から大混雑。遊々は初診なので、少々手続きに時間がかかります。

耳鼻咽喉科の前で待っていると、呼ばれてI先生の前へ。T先生からの紹介状と自分で作った発症から現在までの状況を書いた紙を渡して、読んでもらいます。将来、お店をやることも考えているけれど大丈夫なのか不安、ということも話しました。

その後、3種類の検査。ひとつは、以前にやった味のついた紙をなめる検査。A病院でやったものより、紙の種類が多くて、味の強弱があります。このころの病状は、だいぶ良くなってきていて、自分では甘味があと一歩。舌のヒリヒリ感が残っているという程度に感じていました。次の検査は、ガムを5分間かんで唾液がどのくらい出るかというもの。あとは血液検査。この結果は1週間後です。

検査が終わって、先生と面談。
I先生「もう、ほとんど治っていますね」
遊々「えっ、自分では甘味がもうひとつと思うんですけど・・・」
I先生「今の状態は、一般の人と比べて遜色ありません。甘味のことは、もともとあなたが味覚が敏感だったからじゃないでしょうか。お店のことも心配することありませんよ」

不思議なことに、その一言を聞いた瞬間に、すーっと症状が消えたような気がしました。味覚障害は本当にメンタルな病気です。考えてみれば、味を正しく感じているかどうかは、本人しかわかりません。I先生のことばで、全快したような気になりました。

1週間後にまた光が丘病院へ。この1週間で色々な所へ食べ歩きに行きましたが、舌はとっても好調です。I先生から血液検査の結果、亜鉛が少し不足していると告げられました。念のために、亜鉛を摂取できる胃腸薬を処方してもらいました。亜鉛は医薬品にはなくて(*2)、サプリメントでとるにしても吸収が悪いものがあるそうです。この胃腸薬は、最近味覚障害の薬として認定されたものとのことです。I先生からT先生には手紙を書いてくれるそうです。

I先生に、遊々が味覚障害になった原因を聞いてみると、ストレスが半分とあとはいろいろな状況が重なって発症したのではとのことでした。帰りに病院近くの調剤薬局に寄ると、そこの人がI先生のことを「若いけど、味覚障害では有名なんだよ」と教えてくれました。I先生、親切にわかりやすく対応していただき、ありがとうございました。

札幌に帰って、T先生に報告に行くと、I先生からの手紙が届いており、結果にとても喜んでくれました。その後、抗うつ剤の処方も打ち切り、いまでは用心のため胃腸薬、ビタミン剤を飲んでいるだけです。症状はその後現れていません。

1年8か月に及ぶ味覚障害の日々。とても辛く、ストレスだらけの長いトンネルでしたが、こうして抜けることができました。人間が食べ物を味わうことの大切さが、身にしみて分かりました。


*1 メディカル・ソーシャル・ワーカー。患者さんや家族からの相談に対応してくれる職員です。

*2 A病院の硫酸亜鉛は何だったのでしょうか?



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