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■川ガニの味■



まだ小学生だったころの話です。

故郷は、道東の田舎町。農業と林業が基幹産業です。遊々の家は畑作農家で、両親は朝早くから暗くなるまで働いていました。

父は、冬になっても働きに出ることが多くて(*1)、日中家にいることはありませんでした。

当時は、近所の子ども達と遊ぶのが日課で、遊びは年上の子から教えてもらいます。天気のいい日はもちろん外遊び。縄跳び、ゴム飛び、ケンパ、釘刺し。昔懐かしい遊びが多かったと思います。球技では、ドッチボール、ソフトボールかな。こちらは、主に学校の校庭が舞台でした。

川では魚釣り。チョウチョやトンボ、クワガタなどの昆虫採集。変わったところでは、崖で化石取りに熱中した時期もありました。

今では考えられませんが、2B弾やかんしゃく玉なんていう、ちょっと危険な遊びもありましたね。同じ感覚で、銀玉鉄砲が流行ったこともありました(*2)。

懐かしい遊びのオンパレードになってしまいましたが、こんな具合なので親から遊びを教えてもらうことは、まずありませんでした。特に父親からは皆無。元々、勤勉で仕事一途な人なので、遊びのレパートリーもあまりなかったのでしょう。

ある日、冬に備えて暖房用の薪を切っていた父が、「○○(遊々の本名)、コマ作ってやるか?」と。

喜んで「うん!」というと、父は木の中から直径10cmくらいのエンジュ(*3)の丸太を選び出して、それを鉈で鉛筆のように削って切り落としました。紐をかけるくぼみを作ったり、芯のところに釘を打ったりしてコマの形にしていきます。中心が取れているか、紐をかけて自分で回してみて、うまく回らないとあちこち削ったりしながら微調整をして、コマの完成。

ひものかけ方、回し方も父に教えてもらいました。とってもうれしくて、そのコマでかなり長い間遊んだものです。父が教えてくれた、数少ない遊びです。

*     *     *     *     *


そんな父が、秋の初めになると川ガニを獲りに行きました。


遊々家のすぐそばに、川が流れていました。それは網走川の支流(*4)。流れが緩やかででした。少し離れたところに、網走川もあってそちらは「本流」と呼んでいました。

父が行くのはこの本流。産卵で移動するこの時期が最適だそうです。月の出ない夜、出かけます。父曰く「月夜だとカニが痩せて、身が入っていない」とのこと。懐中電灯で照らして、石の間にいるカニを見つけると、ゴム長を履いた足で踏んづけて捕まえるんだそうです。

獲れるのは「川ガニ」と呼んでいた、ハサミのところにびっしりと黒い毛が生えている小型のカニ。正式名称はモクズガニ。後になってあの上海ガニの親戚と知りました。

当時、遊々は秋になると産卵のために川を上ってくるのだと思っていましたが、調べてみると逆で、産卵するために川を下り海に行くんだそうです。

普段は厳しい父ですが、首尾よく2~3ハイのカニを獲ってくると、「獲れたぞ~」と満面の笑顔。

これを塩茹でにします。ストーブに水と塩、カニをを入れたアルマイトの大鍋をのせて、段々お湯になってくると、カニがガサゴソ暴れだします(残酷・・・)。蓋を上から押さえつけていると、次第に静かになってきます。

生きているときは濃緑色をしていたカニが、茹で上がると鮮やかな赤い色になって出来あがり!。

まだ熱いカニを苦労してむいて、その身を口に入れると、とってもジューシーでおいしい。何よりもまっ黄色なミソが甘い(*5)。食べ物があまりない時代だったので、川ガニは最高のご馳走。我が家の秋のイベントでした。

今は亡き父から遊びのことを教えてもらう機会はあまりありませんでしたが、川ガニの獲り方を教えてもらわなかったのは、本当に残念です。


*1 冬は林業の日雇いに出ていることが多かった。

*2 銀玉鉄砲は、プラスチック製の銀色の玉を撃つ玩具。それより少し前に、紙ではさんだ火薬を入れて、引き金を引くとバン!と大きな音のする鉄砲もあった。連発式のやつもあったけど、あれ何ていったけ?。

*3 固い樹木。木彫りにすると美しい木目が出る。

*4 タッコブ川というのがこの河川の正式名称。

*5 幼いときは、ミソと聞くだけで気持ち悪くて、父に食べてもらっていました。後でそのおいしさを知って、すごく損した気分になりました。



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